結婚について語る!

2005-09-28 : : minorio : 48 views

恋愛は基本的に自由にやればいいと思うけど、結婚となるといろいろ考える。
(まあ恋愛だって結構いろいろ考えるわけだけど、比較の問題としてやはり結婚の方が重い)

で、結婚するならこういう結婚をしたいということについて書いてみようと思う。

結論から言うと、「ずっと愛され続ける自信がある人」と結婚したいです。
はてな?という感じかも知れないけど、僕なりにいろいろ考えた結果、そこに至ったわけです。

これは恋愛観とも関わってくるんだけど、まず愛情というのは努力なしには維持できないと思います。
と、こう言うと普通は「愛し続けるための努力」のことだと思われてしまいそうだけど、僕の言う努力は「愛され続けるための努力」のことなんです。

なぜかというと、愛情というのはそもそも感情である以上、いくら理性でコントロールしようと思っても無理だからです。愛しているフリとか、愛そうと努力している姿勢を示すことはできるかも知れないけど、それは愛しているのとは違います。相手が魅力的でなければ愛情は湧いて来ません(当たり前だけど)。

というわけで、愛情を維持するためには相手に努力してもらうことが不可欠だと思います。
もちろんお互いに愛され続けるための努力をする、ということだけど。

そう考えると、結婚の時に誓い合う「永遠の愛」というのはかなりおかしいと思う。
(実は以前から違和感を感じていたんだけど、その理由がやっとわかった!)

つまり、「この人を一生愛し続けることを誓います」と言うかわりに、「この人に愛されるための努力を一生続けます」と言うべきなんだ。
だって、いくら自分が愛する気満々でも、相手が素敵じゃなくなってしまったら愛情は枯れてしまう。それなのに「一生愛します」なんて、無理がある。そもそも本気で言ってないんじゃないか?一応決まり文句だから誓ってるだけで、本当にやり遂げるだけの自信も覚悟もないんじゃないのかな?

ついでに言うと、離婚したときに男性が支払う慰謝料というやつもなんだかおかしい気がしていたんだけど、あれってもしかしたらこの「一生愛します」という誓いを破ったことに対する慰謝料なのかな?一生愛すると誓ったくせに浮気をしたんだから償ってよね!みたいな感じなのか・・?

結婚のときの誓いの言葉は改めるべきだと思う。一生愛し続けられるかどうかは相手次第の部分があるから努力できる範囲にも限界がある。でも愛されるための努力ならば自分次第でやり遂げられる。やり遂げられることを誓うべきだと思う。

そうすれば離婚のときの慰謝料も今よりは納得できるものになるんじゃないのかな?愛されるための努力を放棄した結果、離婚に至ったのであれば、愛せなくなった側だけでなく、愛される努力をやめた方にも責任がある。そういうことがもっと公平になるような気がする。

まあ、僕は離婚する気はないけどね。
そのためにも「ずっと愛され続ける自信がある人」と結婚したいわけです。

これってわかりやすいでしょう?

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コメント(3)

  1. naoko : 2005-09-29 1:16:59

    おお〜。なんか、わかりやすくてホッとしました。
    minorioさんのお嫁さんになる人は、ずぅっとかわいい人でいられる気がする。

  2. minorio : 2005-09-29 7:40:47

    ほっ。
    わかってもらえてよかった。もしかしたらわかりにくいかなと
    心配していたのです。(^ ^

    とりあえず結婚についてもやもやが消えてすっきりした。

    あとはそういう人がいるかどうかだけど、世界は広いしねー。
    自分次第かな。

  3. アインシュタイン : 2005-09-29 13:01:46

    きっと、自分に合う人はいるはず!
    私はそう、信じているよ。
    ま、おじいさんになってからかもしれないけどね(笑)

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