僕が企画に関わったプロモーションサイトがオープンしました。(^_^)/
ディズニーの新作映画『WALL・E / ウォーリー』の携帯用プロモーションサイトで、写真付きのメールを送るとウォーリー風の動画になって返ってくるというサービスです。「フォト→シネマ」に変換してくれるので「フォトシネマシーン」というわけです。
とりあえず無料で試せるのでやってみてください。なかなか完成度が高いですよ。
アクセスできるのは携帯のみです。以下の QR コードからどうぞ。

ハックと言ったって、大したことをするわけじゃないんですが。(^_^
うちで使っている無印良品(MUJI)のゴミ箱は、いわゆるコンビニ袋を取り付けてゴミ袋として再利用できるようになっている定番のものです。
最近はバージョンアップされて、サイズの小さいコンビニ袋でも取り付けられるようになっていると思いますが、うちのは旧タイプなので比較的大きめのサイズのコンビニ袋じゃないとうまく使えません。これをなんとかしようというのが、今回のハッキングの目的です。
で、少し前からどうしようかなと考えていたのだけど、うまい方法を思いついたのでやってみました。
1分ぐらいで簡単にできてしまった。方法さえ思いついてしまえば、あとはなんてことないですね。
さらに洗濯バサミを使ってひと工夫。これで完成です。
針金部分のクローズアップです。ちょっと曲げただけです。
同じ問題で困ってる人はいないかも知れないけど、なにかの参考になれば。
人生って昔から、旅とか道、あるいは川の流れなんかによく例えられてきたと思うんだけど、盆栽に喩えた人もいたんだろうか?
というのも、僕的には盆栽が一番しっくり来るなあと。
人生は選択の連続だから、旅の場合はどの道を行くか、どの流れを選ぶかというたとえになるけど、そのモデルだと、結果的にどこにたどり着いたか、現在どの地点にいるかということがクローズアップされすぎる気がする。
もちろん到達地点が重要なのは間違いないんだけど、それ以外にも、途上の流れっぷり(あるいは「流されっぷり」でもいい)なども重要だと思うわけで、最終的にそういう違いがあまり見えてこないのが、道や川にたとえた場合の限界じゃないのかなと思ったりする。「旅の途中には、まあいろいろあったけど、とにかく俺はここまで来た」みたいな感じで、途中の生き様やなにかが適当に流されがち。
その点、盆栽モデルは優れているんじゃないかと思う。
盆栽の場合は「どの枝を残し、どれを切るか」というのが人生の選択に相当する。まさにその枝の先に広がる可能性をばっさり切り捨てるわけ。そして、ここが重要なんだけど、盆栽の場合は「全体像」こそが常に問題とされる。そこには選択の連続がそのまま形としてあらわになっている。
数学的に言うと、「どこまで来たか」というのはベクトル(つまり方向と距離)を時間軸にプロットしたもので表現できると思うんだけど、盆栽の「状態」ははるかに多くの情報を含む。過去の傷跡もすべてその表面に刻まれている。
盆栽というのは、その木がもともと持っている性質を活かしながら、なんしか「見事な」状態に育てるものだと思うんだけど、人の場合も持って生まれた性質をうまく活かすしかない。
評価のあり方についても「盆栽モデル」の方が懐が深い気がする。「見事さ」という単純に数値化できないなにかで評価されるわけで、いろいろな「見事さ」が存在する余地がある。
実は盆栽のことはよく知らないんだけど、たぶん長いこと手を掛け続けたものほど価値が高いんじゃないのかな?人生も、手抜きをせずじっくり取り組み続けたものの方が価値が高くなる気がする。
Apple 銀座で原研哉さんのギャラリートークを聞いてきました。
今日はなんだか大雨になってしまったので一瞬迷ったんだけど、やっぱり行ってよかった。(^_^
『デザインのデザイン』以来、久々に本を出されたそうで、銀座グラフィックギャラリーでは「白」原研哉展を開催中。新刊書のタイトルも『白
』です。
今日のお話はまず、日本固有のコミュニケーションのあり方として「Emptiness(からっぽ)」というものがあるのではないかというところから始まって、デザインについても「Simple」ではなく「Empty」が日本のデザインの本質なのではないかというところに向かった。
基本的に日本のことをよく知らない外国人に向かって話してもわかるようにと意識しているそうで、とてもわかりやすい具体例を引きながら丁寧に話が進められ、それでいて刺激的な論理が1時間の間にきっちり展開されたので驚いた。構成がよく考えられていて説得力があるのは、やはり本を書いた後だからかも。
僕もいろいろ考えるけど、きっちり腑に落ちるまで考え抜かないと本なんて書けない。原研哉さんはデザインも執筆も、はじめに論理を構築してからなんてことはせずに感覚的にやってると言っていたけど、ときどき本を書いたりして考えをまとめてみると自分のやってきたことの中に筋道が見えるという感じなのかも知れない。
原さんはいろんなところで大きな仕事に関わっているし、先日もグーグル本社に呼ばれて話をしてきたとのことだったので、ものすごく忙しいんだろうと思うのだけど、ハイレベルな仕事を求められるからこそ、きちんと考える必要もあるし、そのための時間も取れるのかな、などと想像したり・・。日々の仕事に追われながらもきっちり筋が通った仕事ができてるというのは素晴らしい。常に最高の仕事を求められるような環境を自分でつくっていかないと、と思いました。
「Emptiness」についての原さんのデザイン論は非常に面白かったので『白』はぜひ読んでみようと思います。
あと『デザインのデザイン』はもしかしたら一度読んだような気がするけど、もう一度読んでみます。
以前に紹介した『アイデアのつくり方』(ジェームス・W・ヤング / 今井茂雄訳)を下敷きに、より具体的に「どうやれば実際にアイデアを手に入れることができるのか」について書かれた本です。
全体に流れるユーモア感覚の中に、著名人の言葉や著者の体験に基づくエピソードなどが散りばめられていて、読み物としても楽しめます。
何より気に入ったのはこの標語で、著者の上司がデスクの前に掲げていたものだそうです。僕も早速プリントしてデスクの前の壁に貼りました。(^_^
できれば原文の英語で書いたものを貼っておきたいなーと思うんですが・・。
かなり本質的なところを突いた内容なので、読んでおいて損はないと思います。誰でもアイディアを手に入れられるということがよくわかるはずです。お薦め!
世界最高のデザイン・ファームであり、±0の深澤直人さんも働いていた IDEO のなかの人が書いた本です。
第一印象としては、パタゴニア同様、すごく楽しそうな会社だなって感じです。
どんな大企業でも(ということは中小企業は当然のこと)、競争を勝ち抜いて生き残って行くためにはたゆまぬイノベーションが不可欠だ、というのが IDEO の基本姿勢で、この本はそういうイノベーションを実現させるためのチームづくりについて書かれています。
成功するチームに必要とされる様々なキャラクターを、以下の 10種類の人格に要約することで直感的に捉えやすくしてくれています。
1. 人類学者
2. 実験者
3. 花粉の運び手
4. ハードル選手
5. コラボレーター
6. 監督
7. 経験デザイナー
8. 舞台装置家
9. 介護人
10. 語り部
具体的なエピソードが満載でヒントになりそうな話がたくさんあり、夢が膨らむ内容です。
そして IDEO 自身が30年前にほんの小さなデザイン事務所から始まったという事実は、やはり力強いですね。やる気がわいてきます。(^_^
前書きを入れても62ページしかない小さな本です。
その中にアイディアを手に入れるための方法と、その能力を磨くやり方が書かれています。
まずアイディアを生み出すための5つの段階の解説。すべてのアイディアがこの5つのステップを経て生み出されるというものです。これは僕自身の経験からも十分に納得の行くものでした。
1. 資料収集の段階(一般資料と特殊資料)
2. あらゆる組み合わせの可能性を試す段階
3. 寝かせる段階(無意識下での思考過程)
4. ひらめきが訪れる段階
5. アイディアを現実の有用性に合致させる段階
アイディアを生み出す力を鍛えるには、この5つの段階で不足している部分を補えばいい。
ひらめかない人は1. の資料収集が足りない場合がある。
僕の場合は、5番目のひらめいたアイディアを現実の過酷な条件やせちがらさに適合させる段階に問題があったようです。
この段階では理解ある人々にアイディアを打ち明けて批判をあおぐことが有効らしい。
これは大きなヒントになりました。今は自分の考えを世に問う手段は非常に増えたことだし(この本はなんと1960年に書かれた)、第5段階にまで至ったアイディアはどんどん公開して行こうと思います。
今日はJCDデザイン賞の贈賞式でした。
予定外のことだったらしいのだけど、原研哉さんがふいと会場にいらして今回のデザイン賞についての審査講評をしてくれた。これが非常にシャープで面白く、とても感銘を受けた。
いわく、今の時代の問題点はなにかと考えるとき、「情報量の少なさ」というものに思い当たる。ここでいう情報量というのは、たとえばバリ島の古いホテルの、100年がかりで磨り減ってすべすべになった石畳の上に裸足で立ったときに足裏が受ける情報量のようなもののことを言う。
人間は無数のセンサーのかたまりのようなものであり、脳は情報量の多いものが好きなのだが、今のデザインは一様に情報量の少ない状態へと向かっており、情報量の少ない情報ばかりが大量に飛び交っているのではないか。このままでは情報の過疎化が心配になってくる。
と、まあそんなお話だった。
そのような文脈の中で、LANVIN BOUTIQUE銀座も情報量の多い装置として評価されたようだった。ふーむ、なるほどねー。
僕は単純に原研哉さんがおめでとうといって握手してくれたことがうれしかった。柔道家みたいな分厚い手だった。